○姉妹の片割れと1匹の獣

霧獣リモラは機を伺っていた。
辺りは白一面の霧霞。視覚も嗅覚も、感覚さえも失ってしまいそうなキンとした空気が漂っている。とてつもなく嫌な湿っぽさが、喉を通っていく。

霧の防壁三重奏。不必要なほどに霧を被せたこの術は霧獣リモラのどす黒い体を完全に隠していた。己の存在すら疑う白の世界で、リモラを捕捉するものなど誰もいない。
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霧獣リモラは機を伺っていた。
霧の向こうに少女と獣が対峙している。
己を抜いて18匹の獣がいて、その全てを食らわねばならない。その1匹がこうして、射程範囲に迷い込んでくれたのだ。慎重に、慎重にやらねばならない。

獣が身を震わせ、威嚇している。少女が今にも獣に食われそうだ。獣が攻撃動作に入った瞬間、大きな隙が生まれる。そこでこの霧を解除し、一気に踏み出せばリモラの勝利が確定する。
いや、この距離だと[走]パネルを3つは使うか。[走]パネル2つだと確殺距離に至る確率が5ダイス以上4つだから86.2%、[走]パネル1つだと61.9%、[走]パネル使わないと完全ダイス運になるから31.7%…で、勝利が確定する。どのような局面でもリモラは高確率で勝つ。

リモラは機を伺っていた。
少女が獣に何事かを話している。
そこで何故少女に食いかからないんだ!
獣が少女に食いかからなかった場合、隙が生まれないので計算が狂ってくる。ダイスが5以上から4以上に変更されるから、[走]パネル3つ使って86.2%、[走]パネル2つで61.9%、[走]パネル1つで31.… ああ、ダイスってなんでこんなに面倒臭いんだ。いらいら。

リモラがいらいらしている間、予想外のできごとが起こった。
少女と対峙していた獣は少女を飛び越えていく。なんだ、獣は逃げたのか!?

少女が体をくると反転させて獣に飛びかかる。ブン、と、細身の腕を振る。これは斬撃だ。刀のようなものが握られている。鮮血が飛ぶ。
もう一度振るわれる。獣の背中が串刺しになる。そのまま薙ぐ。獣の体が切断される。

獣は絶命した。地溜りの中、立っているのは少女の方。少女がまたくると体を回す。向いているのはこちらの方。瞳と瞳が合う。
否、これは少女ではない。この少女は獣!

霧獣リモラは、ここで初めて、己が捕捉されている事に気付いた。少女の斬撃は8点以上のダメージがありそうだ。まずい。防ぎきれない。逃げないと。

霧を解除して[走]パターンに切り替える。
少女に背を向けて走る。全力で逃げる。
少女が追ってくる。
先ほどの少女の走力を鑑みるに、この距離で己が[走]パネルを全て使った場合の生存率は23.1%、[走]パネル3枚なら10.4%、[走]パネル2枚なら2.1%、[走]パネル1枚なら